
最終更新日 2025年5月19日
私が包装材料の開発に携わり始めてから、はや30年以上が経ちました。
この間、食品包装の安全性評価を取り巻く環境は大きく変化してきました。
かつては物理的な強度と基本的な衛生管理が主な評価項目でしたが、現在では化学物質の溶出試験から環境負荷まで、実に多岐にわたる評価が求められています。
そして、この変化は今なお加速し続けているのです。
例えば、つい最近でも環境に配慮した新素材の登場や、より厳格化する国際規格への対応など、新たな課題が次々と現れています。
このような状況の中で、実務者の皆さんは日々、安全性評価の実践に苦心されているのではないでしょうか。
本稿では、私の30年に及ぶ実務経験をもとに、食品包装の安全性評価における実践的なアプローチをご紹介したいと思います。
特に、規格対応から具体的な性能テストまで、現場で本当に役立つ知識と手法に焦点を当てていきます。
目次
食品包装の安全性評価の基本フレームワーク
包装材料の安全性に関する法規制と業界基準
食品包装の安全性評価を実施する上で、まず押さえておくべきなのが法規制と業界基準です。
私が新入社員だった頃に比べ、現在の規制環境ははるかに複雑化しています。
食品衛生法はもちろんのこと、ポジティブリスト制度の導入により、使用可能な原材料の管理はより厳格になりました。
ここで重要なのが、これらの規制を単なる「規則」として捉えるのではなく、安全性確保の「指針」として理解することです。
例えば、あるフィルムメーカーでの経験をお話ししましょう。
新規の食品包装材料を開発した際、法規制への適合性確認を形式的なチェックリストの確認で済ませてしまい、後になって予期せぬ問題が発生したケースがありました。
このとき私たちが学んだのは、規制の背景にある科学的根拠を理解することの重要性でした。
業界基準についても同様です。
日本包装技術協会や各種工業会が定める自主基準は、法規制を補完する重要な役割を果たしています。
これらの基準は、実務者の経験と知見が集約されたものであり、実践的な安全性評価の指針として非常に有用です。
JIS規格とISO規格における要求事項の実務的解釈
規格書を前に途方に暮れた経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
JIS規格やISO規格は、時として抽象的な表現で記述されており、実務への落とし込みに苦労することがあります。
ここで私が常に心がけているのは、規格の「意図」を理解することです。
例えば、ISO規格で定められている試験方法には、しばしば「同等以上の方法で代替可能」という記述が見られます。
これは、規格が目的を達成するための「最低限の要求事項」を示しているということを意味します。
実務では、自社の製造環境や製品特性に応じて、より適切な試験方法を選択することが重要になってきます。
私の経験では、規格要求事項を実務に落とし込む際は、以下のようなアプローチが効果的でした。
まず、要求事項の本質的な目的を理解します。
次に、その目的を達成するための最適な方法を、自社の環境と照らし合わせて検討します。
そして最後に、選択した方法の妥当性を客観的に説明できる根拠を整理します。
食品接触材料としての適合性評価の重要ポイント
食品接触材料の評価で最も重要なのは、実際の使用条件を適切に反映することです。
これは、私が若手技術者時代に上司から叩き込まれた教訓でもあります。
例えば、高温充填される食品の包装材料を評価する場合。
単に規格に定められた温度条件で試験を行うだけでなく、実際の充填工程での温度変化や保管条件まで考慮する必要があります。
私が経験した失敗事例を共有させていただきます。
ある時、新しい多層フィルムの開発プロジェクトで、標準的な溶出試験では問題なかった材料が、実際の使用時に予期せぬ反応を起こしたことがありました。
原因を調査してみると、食品の充填温度と保管温度の繰り返しによる影響を十分に評価していなかったことが判明したのです。
この経験から、以下の3つのポイントを重要視するようになりました。
第一に、実使用条件の徹底的な把握です。
食品の種類、充填温度、保管条件、流通環境など、あらゆる要因を考慮に入れます。
第二に、最悪条件(ワーストケース)での評価です。
想定される最も厳しい条件下でも安全性が確保されることを確認します。
そして第三に、経時変化の考慮です。
材料の劣化や食品との長期的な相互作用まで視野に入れた評価を行います。
これらのポイントは、形式的な規格適合性評価では見落としがちな、実務者ならではの知見です。
包装材料の性能評価と試験方法
物理的性能評価:バリア性、シール強度、耐衝撃性
包装材料の物理的性能評価は、私が新入社員として最初に担当した業務でした。
当時の上司から「包装というのは、中身を守れなければ何の意味もない」と教えられたことを、今でも鮮明に覚えています。
バリア性評価では、酸素や水蒸気の透過度測定が基本となります。
しかし、実務では単なる数値の測定だけでなく、その値が実際の保存期間中の品質保持に十分かどうかを見極めることが重要です。
例えば、ある菓子メーカーとの開発プロジェクトでは、標準的なバリア性試験では問題なかった材料が、実際の流通環境では予想以上の品質劣化を引き起こしました。
原因を詳しく調査したところ、温度と湿度の日変化によってバリア性が大きく変動することが判明したのです。
このような経験から、私は常に「動的な評価」の重要性を説いています。
シール強度評価においても同様のアプローチが必要です。
単に規格値をクリアするだけでなく、実際の充填ラインでの高速シール性や、製品の流通過程での耐久性まで考慮する必要があります。
耐衝撃性については、落下試験や振動試験が一般的ですが、ここでも実際の物流環境を想定した評価が欠かせません。
私の経験では、規格試験をパスしても実環境で不具合が発生するケースが少なくありません。
そのため、物流業者からの情報収集や実地調査を通じて、より実態に即した試験条件を設定することを推奨しています。
このような包装材料の総合的な性能評価において、業界をリードする企業の一つが包装資材メーカーの朋和産業です。
同社は包装材料の製造販売だけでなく、パッケージの企画からデザイン、印刷、加工まで一貫した評価・生産体制を確立しており、特に食品パッケージにおける豊富な実績を持っています。
化学的性能評価:溶出試験、残留溶剤分析
化学的性能評価は、食品安全性の要となる重要な分野です。
この分野で最も注意すべきなのは、「想定外の反応」への備えです。
溶出試験では、食品衛生法で定められた試験条件を遵守することは当然ですが、それだけでは十分とは言えません。
私が経験した興味深いケースをお話ししましょう。
ある食品メーカーで、油性食品用の包装材料の評価を行った際のことです。
標準的な溶出試験では問題なかったにもかかわらず、実際の製品で予期せぬ成分が検出されました。
詳しい調査の結果、食品中の特定の成分が触媒となって、包装材料の分解を促進していたことが判明したのです。
この経験から、以下のような包括的なアプローチを採用するようになりました。
まず、想定される使用条件下での溶出試験を実施します。
次に、加速試験条件での評価を行い、長期的な安全性を確認します。
そして、実際の食品を用いた検証試験で、相互作用の有無を確認します。
残留溶剤分析においても、同様の慎重なアプローチが必要です。
製造工程で使用される溶剤の種類や量は、最終製品の安全性に直接影響を与えます。
経時変化に関する評価手法と留意点
包装材料の経時変化は、私が長年追究してきたテーマの一つです。
なぜなら、包装材料の性能は時間とともに変化し、その変化のパターンは環境条件によって大きく異なるからです。
例えば、あるレトルト食品の包装材料開発では、興味深い発見がありました。
加速試験では問題なく見えた材料が、実際の保存試験で予想外の劣化を示したのです。
この時の教訓は、「加速試験には限界がある」ということでした。
特に新素材や複合材料の場合、加速試験の結果を実環境に外挿することは非常に難しいのです。
そのため、私は以下のような多面的な評価アプローチを推奨しています。
まず、標準的な加速試験を実施して基本的な劣化傾向を把握します。
次に、実環境に近い条件での中期的な評価を行います。
そして可能な限り、実際の使用環境での長期評価も並行して実施します。
包装機械との適合性評価の実践的アプローチ
包装材料の評価で見落としがちなのが、包装機械との適合性です。
私は若手時代、この点を軽視して大きな失敗を経験しました。
実験室では完璧に見えた材料が、実際の充填ライン上でトラブルを引き起こしたのです。
その経験から学んだのは、「包装材料は包装機械との組み合わせで初めて完成する」ということでした。
特に高速充填ラインでは、材料の走行性やシール性が極めて重要になります。
例えば、ある食品メーカーでの評価プロジェクトでは、以下のようなステップを踏んで評価を行いました。
まず、実験室レベルでの基本性能評価を行います。
次に、小規模な試験機での連続運転試験を実施します。
そして最後に、実際の生産ラインでの適合性評価を行います。
このプロセスで重要なのは、各段階での知見を次の段階に活かすことです。
品質管理システムの構築と運用
品質管理体制の確立:検査項目の設定と管理基準値
効果的な品質管理体制の確立には、豊富な実務経験が必要です。
私がコンサルタントとして最も強調するのは、「管理すべきポイントの絞り込み」です。
すべての項目を同じように管理しようとすると、かえって重要なポイントを見落とすリスクが高まります。
例えば、ある中堅メーカーでの改善プロジェクトでは、検査項目が多すぎて現場が疲弊していました。
そこで、過去の不具合データを分析し、本当に重要な管理ポイントを特定しました。
その結果、検査項目を約3分の1に削減しながら、品質レベルを向上させることができたのです。
管理基準値の設定も、実務経験が物を言う分野です。
規格値をそのまま管理基準値とするのではなく、製造能力や測定誤差を考慮した実効的な基準値を設定する必要があります。
トレーサビリティシステムの実践的な運用方法
トレーサビリティは、私が特に思い入れのある分野です。
なぜなら、これは単なる「履歴管理」ではなく、「問題解決のためのツール」だからです。
実際の運用で重要なのは、記録する情報の質です。
数年前、あるフィルムメーカーでトレーサビリティシステムの改善を担当した際の経験をお話ししましょう。
それまでは膨大なデータを記録していましたが、実際に不具合が発生した際に、原因究明に必要な情報が不足していることが判明しました。
このとき学んだのは、「何のために記録するのか」という目的意識の重要性です。
現在では、以下のような観点でシステムを設計することを推奨しています。
まず、製品の特性に応じた重要管理点を特定します。
次に、それらの管理点で必要十分な情報を記録します。
そして、記録した情報を効率的に活用できる仕組みを構築します。
不適合品発生時の対応手順と是正措置
不適合品への対応は、品質管理の真価が問われる場面です。
私は、これを「危機」ではなく「改善の機会」として捉えることを推奨しています。
例えば、ある食品メーカーでの経験です。
微細な異物混入が発見された際、従来であれば単純な目視検査の強化で対応していました。
しかし、私たちは原因の本質的な究明に取り組み、その結果、製造環境の見直しによって問題を根本的に解決することができました。
不適合品発生時の対応で重要なのは、以下の3つのステップです。
第一に、問題の正確な把握と記録です。
発見された不適合の状態を、可能な限り詳細に記録します。
第二に、応急措置の実施です。
類似品や関連ロットの確認など、被害の拡大を防ぐための即時対応を行います。
そして第三に、根本原因の究明と恒久対策の実施です。
これには時間がかかることもありますが、手を抜くと同じ問題を繰り返すことになります。
環境配慮と安全性の両立
環境配慮型包装材料における安全性評価の特徴
環境配慮型包装材料の評価は、私にとって最も挑戦的な分野の一つです。
なぜなら、環境負荷低減と食品安全性の両立という、時として相反する要求を満たす必要があるからです。
例えば、バイオマス由来材料の評価では、従来にない課題に直面することがあります。
私が経験した興味深いケースをお話ししましょう。
あるプロジェクトで、植物由来の新規材料を評価した際のことです。
通常の安全性試験ではすべて良好な結果でしたが、特定の食品との組み合わせで予期せぬ変質が発生しました。
原因を調査してみると、材料中の天然由来成分が食品成分と反応していたことが判明したのです。
この経験から、環境配慮型材料の評価では以下の点に特に注意を払うようになりました。
まず、材料の由来と組成の徹底的な把握です。
天然由来成分特有の変動要因を考慮に入れた評価が必要です。
次に、食品との相互作用の包括的な評価です。
従来材料では見られなかった反応の可能性まで視野に入れます。
そして、環境負荷低減効果の定量的な評価です。
ライフサイクルアセスメントの手法を用いて、総合的な環境影響を評価します。
リサイクル適性と食品安全性の確保
リサイクル適性の評価は、近年特に注目を集めている分野です。
私が最近関わったプロジェクトでは、モノマテリアル化による易リサイクル性と食品安全性の両立に取り組みました。
この際に直面した最大の課題は、バリア性の確保でした。
従来は複数の素材を組み合わせることで実現していた機能を、単一素材で達成する必要があったのです。
例えば、ある飲料メーカーとの協働プロジェクトでは、以下のようなアプローチを採用しました。
まず、リサイクル適性の高い基材を選定します。
次に、その基材に適用可能な表面処理技術を検討します。
そして、処理後の材料について、食品安全性とリサイクル性の両面から評価を行います。
このプロセスで重要なのは、「トレードオフの最適化」です。
完璧な解決策はなくとも、最適なバランスポイントを見つけることが実務者の役割なのです。
生分解性材料特有の安全性評価項目
生分解性材料の評価は、私の30年の経験の中でも最も新しい挑戦の一つです。
これらの材料は、使用中の安定性と使用後の分解性という、一見相反する特性を両立させる必要があります。
ある食品メーカーとの開発プロジェクトでは、興味深い発見がありました。
標準的な保存試験では問題なく見えた材料が、特定の温湿度条件下で予想以上に早く劣化を始めたのです。
この経験から、生分解性材料の評価では以下の点に特に注意を払うようになりました。
まず、使用環境での安定性の確保です。
保存期間全体を通じて必要な性能が維持されることを確認します。
次に、分解開始条件の制御です。
意図しない条件下での分解が起こらないことを確認します。
そして、分解過程での安全性の確認です。
分解過程で有害な物質が生成されないことを確実に確認する必要があります。
実務における課題解決アプローチ
よくある不適合事例とその原因分析
30年の実務経験を通じて、私は数多くの不適合事例に遭遇してきました。
興味深いことに、一見異なる問題でも、その根本原因には共通点が見られることが多いのです。
例えば、シール不良に関する典型的な事例をお話ししましょう。
あるメーカーで、季節によって不良率が変動する問題が発生していました。
表面的には単なる温度管理の問題に見えましたが、詳しく調査すると、材料の吸湿特性が関係していることが判明したのです。
このような経験から、不適合分析では以下のようなアプローチを採用しています。
まず、問題の正確な把握と記録です。
「いつ」「どこで」「どのように」発生したかを詳細に記録します。
次に、関連する要因の洗い出しです。
製造条件、環境要因、材料特性など、あらゆる角度から検討します。
そして、根本原因の特定と対策立案です。
単なる応急措置ではなく、本質的な解決策を見出すことを目指します。
効率的な評価プロセスの確立手法
評価プロセスの効率化は、品質レベルを維持しながらコストと時間を最適化する重要な課題です。
私が実践している効率化の基本原則をご紹介しましょう。
まず、「段階的アプローチ」の採用です。
簡易評価から始めて、必要に応じて詳細評価に移行する方法です。
例えば、ある開発プロジェクトでは、以下のような3段階評価を導入しました。
第一段階では、基本的な物性評価のみを行います。
第二段階では、想定される使用条件での詳細評価を実施します。
そして第三段階で、実際の使用環境での検証を行います。
このアプローチにより、評価にかかる時間とコストを大幅に削減することができました。
コスト最適化と品質保証の両立
品質とコストの最適なバランスを見出すことは、実務者にとって永遠の課題です。
私の経験では、この課題に対する最も効果的なアプローチは「リスクベースの考え方」です。
例えば、ある中堅メーカーでのコンサルティング事例をお話ししましょう。
それまで全項目に対して同じレベルの管理を行っていた品質管理体制を、リスクレベルに応じた管理に変更しました。
その結果、品質レベルを維持しながら、検査コストを約20%削減することができたのです。
新技術・新素材への対応
新規包装材料の安全性評価プロトコル
新規材料の評価は、経験と革新の両方が求められる分野です。
私は長年の経験から、「既存の知見を活かしながら、新しい視点を取り入れる」というアプローチを採用しています。
例えば、最近評価を行ったナノ材料含有フィルムのケースでは、従来の評価項目に加えて、特殊な溶出試験を組み込みました。
このように、新規材料の評価では柔軟な発想が重要です。
革新的検査技術の活用と実務への導入
検査技術の進歩は目覚ましく、私たちの評価アプローチも進化し続けています。
例えば、AI画像解析の導入により、従来は見逃していた微細な不良を検出できるようになりました。
しかし、新技術の導入には慎重なアプローチが必要です。
私の経験では、以下のようなステップを踏むことが重要です。
まず、技術の信頼性と適用範囲の見極めです。
次に、既存の検査システムとの整合性の確認です。
そして、実運用での検証と必要な調整の実施です。
デジタル技術を活用した評価システムの構築
デジタル技術の活用は、評価システムの効率化と高度化の鍵となります。
私が最近関わったプロジェクトでは、クラウドベースの評価データ管理システムを構築しました。
これにより、リアルタイムでのデータ分析と、迅速な対応が可能になったのです。
まとめ
30年以上にわたる実務経験を振り返り、食品包装の安全性評価において最も重要なポイントを整理してみました。
それは、「規格適合性と実用性のバランス」「環境配慮と安全性の両立」「効率的な評価プロセスの確立」の3点に集約されます。
特に近年は、環境負荷低減への要求が高まる中で、安全性を確保しながら持続可能な包装設計を実現することが重要な課題となっています。
今後の技術革新を見据えると、AIやIoTなどのデジタル技術を活用した新しい評価アプローチの確立が求められるでしょう。
しかし、どんなに技術が進歩しても、実務者の経験と判断力は依然として重要な役割を果たすはずです。
次世代の包装技術者の皆さんには、基本を大切にしながら、新しい技術や考え方を積極的に取り入れていってほしいと思います。
そして、より安全で環境に優しい食品包装の実現に向けて、共に歩んでいければ幸いです。